IT'S Me.

育児書備忘録

女の子が生きていくときに、覚えてほしいこと















若さや美貌は、あっという間に資産価値がゼロになってしまう。仕事のスキルや人としての優しさ、正しい経済観念。ゼロになる前にやっておかなければならないことはたくさんあります。自立するって、簡単なことじゃないからね。

このように女の子として生きていく為に周りに流されずいかに自分をしっかり見失わずに生きていくかを題材とされてました。


世界じゅうの貧困のはじまりは、母子家庭にある。

シングルマザーになった母親と同じ数だけ、本当は逃げた男がいるわけで、でもその男たちはなんの責任もとってない。慰謝料も払わないなんてザラ。
母子家庭で大変な思いをしているお母さんたちはいっぱいいるけど、それで男たちが責められたためしがない。

幼い子供がいて、面倒を見てくれる人が近くにいなかったら働けないもん。

低収入になるに決まってるよね。

今の場所が最低だと思うなら、そこから抜け出す戦略を立てる。

それだけは、どうかやめないで。


どんどん失敗してください。うまくいかないことがあったっていい、でも、それでくさらない女性であってほしい。そう願ってます。

けっこんはしても、しなくても、どっちでもいいから、無職で子どもは育てないでね。それだけはお願いね。

どんな時でも、次の一手は、自分で考えて、自分が選ぶ。

王子様を待たないで。

幸せは、自分で取りに行ってください。

他にはご自身のこと、今お付き合いされている(お恥ずかしながらこの本を読むまで知りませんでした)高須クリニックの高須院長のことや前夫さんのことなどが書かれておりました。

育児書や自己啓発本というよりこの作者を知ってる方が手に取る本なのかなといった印象です。

私は全く存じませんでしたので、毎日かあさんも読んだことがなく、所々わかりませんでした。

毎日かあさんを読んでいる方やこの作者の方をご存知な方には楽しめると思います。



再见👋

北欧に学ぶ小さなフェミニストの本








今回の完読本はこちら✨











全てにふりがながあり、読みやすく児童でも理解できるように工夫されています。

今では当たり前となっている女性の権利の歴史が説明されており、大人でもとても勉強になりました。

こうして女性の権利の歴史に触れてみると、まだその歴史は浅いのだとわかりました。

まだまだやらなければならないことがあるのだと感じます。

娘に「決して人権は侵害されて良いものではない」と強いメッセージを共に考えられるきっかけになる本でした。

またこれからも娘へのメッセージとして贈りたい一冊です。



再見👋

ルポ教育虐待

本日の完読本はこちらです☺️✨











『ルポ教育虐待 毒親と追いつめられる子どもたち』

英語育児をする上で読んでおかなくてはならないと、ずっと気になっておりました。

完読し、道を違わないようやはり読むべき本だったと再認識しました。

英語育児やモンテッソーリ、勉強ができる子に、頭のいい子に、小学受験や中学受験、子どもに教育をなさっている全ての親御様に見ていただきたいです。
自分の子だけは違う、その考えは危険だと肝に銘じました。

ただ一方で、この作中に登場する方が、教育虐待を受けてもなお娘さんに小学校受験を受けさせており、更には家庭教師までつけていることに違和感を感じてしまいました…。
私立とは無縁の私ですから、世界が違うと言われればそれまでなのですが…

もし機会があれば読まれた方とお話をしてみたいです。








覚書





「あなたのため」という呪い

「子どもは未熟。判断力が不足している。だから、親が決める」「将来のために、いま多少辛くても、無理をさせるべき」「あなたのためを思って、私はいま、鬼になっている」。

親たちは、子を思うがゆえ、本気でそう思う。しかしそれが子どもの心に数十年経っても消えない傷を残す。まるで呪いのように、いつまでも人生を支配する。



必要なことを適切な言葉で伝えられるだけの度量がないと、ひとに何かを教えることは本来的にできないということ。



シェルター保護は女子が圧倒的多数

「非行という形でSOSを発することができる子どもはまだまし。いちばん危険なのは“いい子“と呼ばれるような子ども。そういう子どもの場合、実際には虐待を受けていたとしても、親も本人もそれが虐待であることに気づいていない。テレビや新聞を見ていると、ときどきありますよね。『あんな“いい子“がなぜ?』という事件。そういう事件を聞くたびに、逃げることができれば殺すことも殺されることもなかったのにと思います。でも“いい子“はSOSを出せないんです」

中学生や高校生にもなって、いくら親子の仲がいいからといって反抗期らしい反抗期がないのは不自然。



教育的指導と虐待の違いは何か?

「子どもをエンパワーメント(育的指導とは、子どもの成長を促すために子どもを励ますこと)したいなら、子どもを一人の人間として敬意を払いながら指導すべきです。子どもを自分と同じ一人の人間なんだと思うことができるかどうか。それが教育的指導と虐待の違いだと思います。同じ言葉を発していてもそこが違えば、子どもが受け取るメッセージも違います」



教育虐待に陥らないために、親は自分自身に次のように問いかけてほしい

(1)子どもは自分とは別の人間だと思えていますか?

(2)子どもの人生は子どもが選択するものだと認められていますか?

(3)子どもの人生を自分の人生と重ね合わせていないですか?

(4)子どものこと以外の自分の人生をもっていますか?

これができていないということは、親が子どもの人生に依存しているということ。



小さなころから「言うことを聞かないのなら出て行きなさい!」と言われて育ってきた。子どもが家を追い出されたら、それはすなわち死を意味する。



子育てに「正解」がないということは、「不正解」もないということである。子どもは親の思い通りには育たないが、それなりのものには育つ。親がよほど余計なことをしなければ。



自ら正解をつくり出す力をもっていれば、「正解のない時代」も怖くない。むしろどんな回り道も糧にできる力こそ、これからの世の中を生きていくには必要なのだ。まず親がそういう気持ちで生きていかなければならない。



「低学年のうちはこの塾に通ってこの教材をやらせて、中学年ではこんな習い事や経験をさせて、高学年になったらこの塾に通ってこのコースに入れば有名中学に入れるというように、世間一般に“良い“といわれるものを集めたベストシナリオが、頭の中に出来上がっています。まるっきり子どもを見ていない。だからほどほどのさじ加減もわからない」



結局のところ、親は無力でいい







さらっと抜粋しました。





DWEや英語や最近ではプログラミングなど子どもに教育されている方には少々キツイ言葉もあったのではないでしょうか。

繰り返しますが、私はこの本を読んでもなお「うちの子は大丈夫」「うちの子に限って」と考える親御様は予備軍であると思います。

子どもを育てるということ、更には教育までしてしまうことに恐怖を感じました。

私の育った家庭は決して学歴がいい家庭ではなく、またそれを子どもに強いる家庭でもありませんでした。ですが、習い事は多く、身につかないと幼少期からずっと「無駄金」と小言を言われてきました。ある意味では私も居場所はなかったのかもしれません。

今ではスルーできるのですが…子ども時代にはやはり難しい部分もありました。

子どもを一個人と考え子どもの特性を見ること。決して忘れることがないようにしなければ、私も連鎖を繰り返してしまいそうで恐ろしいです。

多くの方に読まれ、どうか犠牲になる子どもがいなくなるよう願っております。






再見👋